室名と「言霊」

 建物を設計するとき必ず「室名」をつける。なるべくカタカナを使わずに“居間”とか“便所”とか使ってきたけど、ちょっと気になる話。
from 村瀬春樹著『本気で家を建てるには』逃げろ洗濯機

 昔むかし、「湯殿」や「御不浄」は母屋と離れた別棟にあった。
 時代が下がり、敷地の規模がみみっちくなるにつれて、それらは母屋の一角の狭くて暗い北の隅に囲われるようになり、“バスルーム”とか“トイレ”と呼ばれるようになった。

 むかし、風呂や便所がハナレにあったのは構造や衛生上の問題からであった(風呂は銭湯の場合もあった)。しかし、「ケガレ」のものを家の中に持込みたくないという考えが根づいていたからかもしれない。
 この「ケガレ」は「汚い」と言う意味ではない。「ケガレ」という日本人独特の感覚だからどんなにきれいにしようと家の中では北の隅や廊下の端に追いやられた存在だった。南側の「ハレ」の場には決して見せてはいけないものである。台所も「ケガレ」の場だ。魚をさばいたりして血を流すような場所だから北の隅に追いやられていた。
 さて、家の規模が小さくなってきて、またライフスタイルが変化してきてこれら「ケガレ」の部屋がどんどん「ハレ」の場に近づいてきた。便所なんか玄関の脇に造られることもめずらしくない。(機能的な良し悪しは別の話)そこでそんな「気持の悪さ」を解消するために“バスルーム”“トイレ”“キッチン”という室名が出てきたんだ。
 もともとこれらの部屋は「汚い」わけではない。「ケガレ」という感覚でいただけだ。だから「ケガレ」を取除くために名前が変わった。「ケガレ」という感覚は日本人独特のものだから「ケガレ」を感じさせないカタカナ(外来語)に。
 この名前を変えれば善しとする感覚は古くからある。結婚式で“お開き”と言うのも“するめ”を“あたりめ”、“梨”を“ありの実”と言うのも同じ感覚だ。この日本人にすり込まれた感覚については、井沢元彦著『言霊』や『逆説の日本史』等に詳しく出ている。
 室名をつけるときはこういったことに注意してつけていきたいが、“居間”が“リビング”に“食堂”が“ダイニング”に“和室”が“ジャパニーズルーム”に・・・・
(注1)
 「ハレ」とか「ケガレ」という感覚が麻痺してきた近年、果してこれらのカテゴリーに入る言葉をなくす必要があるんだろうか?
※注1
“和室”は「ケガレ」の言葉じゃないけれど、古い家の南側特等場所の和室というのは「ハレ」の日(来客、冠婚葬祭の日)以外は使用できない特別な部屋。そんな部屋を“ジャパニーズルーム”と呼ぶだけで普段から使える部屋になった気がしませんか?